明王院縁起

明王院の歴史と現在。まもなく創建1200年を迎えます。



水田と明王院全景

 当山は磨日山(まにちざん)慈眼寺(じげんじ)明王院(みょうおういん)と号します。淳和天皇の天長年間(西暦830年頃)、弘法大師空海さまが四国を巡錫された折、讃岐国より日開谷川に沿って阿波国に入られ、吉野川辺に一宇を建立されたのに始まります。以来、その地を入道須賀と呼び、明王院と称するようになりました。なお、飛鳥時代に聖徳太子により建立されたという説もあります。

 その後法灯は日と共に輝き、嵯峨天皇、亀山天皇の勅願所として、室町時代には阿波国の守護細川氏の祈願寺として栄え、参詣する結縁の道俗(どうぞく)は踵(きびす)を連ね、門前に市を成すまでに至りました。

 しかし、後奈良天皇の天文13年(1544年)7月、吉野川の大洪水により伽藍・堂宇が悉く流失し、本尊不動明王さま、阿弥陀如来さまの尊像は川島城下に流れ着きました。本尊は川島長楽寺にしばらく安置されておりましたが、後水尾天皇の元和4年(1618年)、当山中興の快賢(かいけん)上人により現在の地に再建、中本寺の格式を与えられ、阿波・麻植二郡に末寺16を有するようになりました。

 明和年間には藩主にお目見えを許され、公文書は直接郡代に提出できる特権を与えられました。時には、鹿狩りに来た殿様の宿所ともなりました。

 本尊不動明王さまは別名「鼠(ねずみ)不動」さまとも呼ばれ、霊験灼(あらた)かにして、当山不動尊のお守りを祭祀すれば、穀物を荒らす鼠が不思議と寄り付かなくなり、農作物の被害がなくなったといいます。

 現在の本堂は、四国三十六不動霊場の開創に合わせて、檀信徒の皆様のご寄進により、旧本堂に近い姿で平成元年に改築されたものです。平成15年には阿弥陀如来さま・弘法大師さまをお祀りしている方丈(ほうじょう)・庫裏も改築され、境内も同時に整備されています。


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